ウォーレン・バフェット君の半生

ビルゲイツについで有名な投資家のウォーレンバフェット。ウィキペディアに書かれているだけでも人から並外れた能力、知力、そして生活を送っています。おそらく大半の人が「誰?」と思うかもしれませんが、投資の世界では誰もが知っている有名人です。その「オマハの賢人」の人生をウィキペディアから引用しつつ、お教えします。

お父さんは国会議員もつとめたことのある証券業の経営者であるハワード・バフェットさん。ウォーレンは1人づつ姉と妹を持っています。そんなごくごく普通の富豪の息子として生まれた彼は、すでに5歳の頃から商売を始めています。なにはともあれ、彼はお金にまつわること、アルバイトから転売などを身に着けていきます。

11歳の時にはすでに株に手を出しています。そしてシティサービスの株の下落後の上昇の長さを見て、「優良企業の株式は長期保有したほうがいい」という哲学を学んだそうです。そんな彼も、13歳には所得税を申告し、学校を飛び級。さらに父親が国会議員になったのでワシントンへと移住をしました。生活に馴染めず、成績も上がらずで相当辛い思いをしたそうです。おそらく自分があのバイトをやるときよりもハードだったかもしれません…。

そして14歳になると今度は土地への投資を始めます。40エーカーという今の日本人の感覚で言うと馬鹿でかい土地に投資をします。それも1200ドル。今に換算すると14.5万円。パソコンが2台は買えます。そんな額をぽんと投資に出せる勇気に乾杯です。その土地がどうなったかはわかりませんが…。

17歳になると、彼はピンボールの設置事業を始めます。最終的には周に50ドル、つまり置いてもらうだけで月およそ200ドルの収入を得ることに成功したのです。そして、その事業を売却して1200ドルをつかみます。その後、ペンシルバニア大学に入学するも「学ぶことがない」が理由で退学。頭が悪くて大学入学すら出来ない誰かさんとは大違いです…。さらに、彼はその後ネブラスカ大学に編入。そして3年で大学を卒業しています。ちなみに、20歳になる前にウォーレンは1万ドル近い貯金を持っていました。

その後20歳になると、さらに彼の人生のスピードは加速して行きます。大学院に行こうとするも入学を断られ、その後書店で見つけた「賢明なる投資家」という本を手に取り、後に「天から光が射してきたような気がした」と発言。その本の著者はベンジャミン・グレアムという「ウォール・ストリートの最長老」と呼ばれるこれまた有名な投資家でした。ウォーレンは彼の元で学ぶために今度はコロンビア大学へ。その後、ベンジャミンが保険会社の重役になっていると知り、ワシントンでひたすら彼にあわせてもらいたい一心でドアを叩きました。その後、ベンジャミンの下で働きたいと願い出るが「ユダヤ人の雇用を確保したい」との理由で断られます。その後、22歳にして結婚(その後、離婚はしてないけど47歳のときから彼女とは別れています)。

24歳のとき、一度は働くことを断られたベンジャミンからパートナーシップでの仕事の誘いがあります。年収12000ドルという大金を受け取ることになります。が、ウォーレンが26歳のときにベンジャミンが引退。しかし、貯金はすでに140000ドルを突破。現代に直すと中野でごく普通の一軒家を一括で建てることが出来るようになります。そして、100ドルの出資と知人の100500ドルで投資のパートナーシップの会社を設立します。さらに、同年に2つのパートナーシップも作ってしまいます。28歳になるとそのパートナーシップの資産を倍に。たったの1年でそれだけの大金を動かすことが出来る彼の頭脳というか活動力はどのようになっているのでしょうか…。

30手前になると、チャーリー・マンガーという人物に会い、後に自信の右腕となります。30歳の時には10000ドルを投資してくれる医者を10人探してもらい、結果11人の医師から資金を調達。現在その10000ドルは5億ドル前後に化けているとのこと。ドルをウォンに変えてもおそらく自分の場合1年は遊んで暮らせます…。

その後も順調に資産が増え、パートナーシップの金額は720万ドルへ。六本木ヒルズレジデンスの一番家賃の高い部屋(約400万円)に住んでいても10年以上は寝ながら暮らせます。そんな資金を尻目に、今度は34歳のときにアメリカンエキスプレスの株をものすごい勢いで購入。長期投資の哲学から来ているものだと思いますが、暴落している株を一気に買ってもライブドアのような例もあるわけですから、ある意味すごいです。その1年後には著作権で未だにアメリカを揺さぶっているウォルトディズニーに会います。株を購入して売却するものの、これが失敗と気づき再び購入。そんなことをしている間にアメリカンエキスプレスの株は購入時の2倍に。やはりブランドの力は恐ろしいものです。

四十路を手前に、ウォーレンはパートナーシップを解散、資産を清算します。そして40歳になると、33歳から筆頭株主だったバークシャーの会長に就任。が、その後どんどんバークシャーの資産が減少。バフェットの純資産も最盛期の半額まで落ち込みます。が、そんなさなか妻に紹介されたアストリッドという女性と暮らすことを決めます。何がどうなってるのか全くわかりませんが、そういうことになったそうです。もう一度書きますが今現在も離婚はしていません。

ウォーレンは50歳にして資産が1億4000万ドルへ。さらに年5万ドルの給与を支給してもらっています。そして51歳、チャーリー・マンガーとともに慈善寄付計画を策定。53歳のときには「この店を売る気はあるかい?」とオーナーに聞き、6000万ドルで売りたいという言葉を聞くや否やその発言した額と同等の小切手を持ってネブラスカファーニチュアマートを買収します。これにはすでに息子と話をつけてたというお話もありますが、自分はこんなユーモアなおじさんになりたいです…。

58歳のときに世界で知らない人のほうが圧倒的に少ない「コカコーラ社」の株を10.2億前後で購入。60歳手前には下落する一方だったバークシャーの株が高騰。純資産は38億ドルになります。70を過ぎると、彼は総資産の440億ドルのうちの370億ドルをビル&メリンダゲイツ財団をはじめ5つの財団に寄付すると発表。つまり六本木ヒルズ17個分を慈善事業に寄付すると発表しました。お金儲けではなく、最後にはこのようなことに使ってくれてこそ、本当の大富豪なんだなぁと思ってみたりしています。

波乱万丈な彼の人生。それでも彼は、大切なものをしっかりと心に秘めて今日もどこかで過ごしていることでしょう。

参考:ウォーレン・バフェット - Wikipedia

2007年7月17日